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仙台高等裁判所 昭和26年(う)410号 判決

控訴人 被告人 神尾彌一郎 梅津丈夫

弁護人 横山敬教

検察官 樋口直吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人神尾弥一郎を懲役八月に、同梅津丈夫を懲役四月に各処する。

但しこの裁判確定の日から被告人神尾弥一郎に対しては二年間同梅津丈夫に対しては一年間夫々右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審の訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

弁護人横山敬教の控訴趣意は記録中の同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

右控訴趣意に対する判断

先ず、原判決が判示事実認定の証拠としている被告人神尾、同梅津の検察官に対する各供述調書の任意性について按ずるに、右各調書は、当時検事が部下検察事務官三名と外に地元白石地区警察署の司法警察員多数を引卒して現場に臨み、大いに勢威を示し、前後三日間に亘り、地元民関係者数十名を何れも被疑者として取調を為し、その間非常な衝戟を与えた状況下において作成されたものであるとの所論事実は記録上これを認むるに足る何等の資料がない。尤も、被告人神尾は、原審第三回公判廷で、弁護人の問に対し、湯の原駐在所において三日間も取調べられた旨供述しているが、取調が三日間に亘つたからと云つて、そのことから直にその供述が任意でないと断定し難いことは勿論、却つて右第三回公判調書中の同被告人の供述として「三日間も取調べられたため問はれる侭答えた」旨の記載に徴すれば、その供述内容の真否の点は姑く措き、その供述自体は任意に出てたものと解することが出来る。のみならず、前記各供述調書は原審で弁護人がこれを証拠とすることに同意し、且その証拠調に何等の異議を申立てなかつた書面であり、(被告人等に於ても之に対し反対の意思を表明した形跡がない。)右各調書に依れば、検察官は予め供述拒否権を告げ、且録取後読み聞かせたるに誤りのないことを申立てて夫々署名押印していることも明かであるから、この点から考察しても被告人等の任意の供述を記載した書面であることは疑う余地がない。従つて、右各供述調書の任意性を否定する論旨は理由がない。

次に、その真実性の点について考察するに、なるほど、被告人等は原審公判廷で起訴状記載の公訴事実を否認し、右供述調書中の供述記載は真実にあらざる虚偽の自白を記載したものであるとか或は、錯覚を起し真実に反して供述した旨を陳述していることは所論の通りであるが、被告人等の右公判廷に於ける供述は、原審で取調べた他の証拠に対比して輙く信を措き難く、本件記録並びに原審で取調べた一切の証拠を精査検討して見ても右各供述調書中の供述記載が真実に反する事実を記載したものとは考えられない。また、被告人神尾の検察官に対する第一回供述調書と第二回供述調書中の各供述記載との間に矛盾があるとも認められない。即第一回供述調書では、被告人神尾が木炭検査員山田重郎及び被告人梅津に対し、木炭空供出(実在しない木炭を実在するものとして検収して貰うこと)の手続を依頼した経緯を明かにし、第二回供述調書では、右空供出に際しての被告人等の具体的行動を明かにしているものと解し得るからである。従つてその間矛盾があり信を措き難しとする所論も既にその前提に於て理由がなく、採用の限りでない。

而して、前記被告人等の検察官に対する各供述調書及び原判決が挙げている他の証拠を綜合すれば、原判示日時当時被告人神尾が木炭生産者神尾豊光外二一名の代表者として木炭を政府に売渡すべく実際に供出した数量は一三〇俵で、(原判決が一四〇俵と認定したことは誤認であるが、この程度の誤認は判決に影響を及ぼすものとは認められない。)被告人梅津はこの事実を熟知しながら被告人神尾の懇請に基き七二〇俵の供出があつたものとして之を検収した旨虚偽の事実を記載した薪炭受入調書一通を作成したこと、被告人神尾は右の薪炭受入調書をその記載内容が真実であるものの如く装うて刈田地方薪炭林産組合(原判決に刈田地区林産組合とあるは誤記と認む。)に提出し、因て係員をしてその旨誤信せしめ、右受入調書記載の金額合計九八、二六〇円の支払を受けて之を騙取したことを十分に肯認することが出来るし、記録を精査しても原審のこのような認定に誤りがあるとは認められない。また、被告人等の各供述調書は相互に補強証拠となるばかりでなく、原判決は所論被告人等の供述調書の外に罪体を証明するに足る薪炭受入調書、明細書、受領証並びに検察事務官に対する山崎忠蔵の供述調書等をも証拠としていることは判文上明かであるから、被告人に不利益な唯一の自白を証拠として判示事実を認定したものでないことは勿論である。

尚、本件は、真実は一三〇俵しか受入れが済んでいないのに七二〇俵の受入れがなされた旨を記載した一通の虚偽の薪炭受入調書を行使してその代金全額の支払を受けたもので、原判決がその証拠に採用している検察事務官の山崎忠蔵に対する供述調書及び当審受命裁判官の同人に対する証人尋問調書に徴しても原判示刈田地方薪炭林産組合としては、その受入調書が右のような虚偽のものであることが判明していれば、その調書記載の代金はその一部といえどもその支払をする意思がなかつたことが明かであるから原判決が右受入調書記載の七二〇俵分の代金全額につき詐欺を認めたのは正当で、その内実際に供出のあつた一三〇俵分について詐欺の成立を認むべきでないとの論旨も理由がない。

要之敍上各点についての原審の認定には所論のような違法はなくこれらに反する論旨はいずれも独自の見解に過ぎないのであるが更に進んで本件の詐欺が被告人両名の共謀による共同犯行と認め得るか否かの点について考察するに、原判決挙示の証拠によれば被告人梅津が前記の如く虚偽の薪炭受入調書を作成して之を被告人神尾に交付するに至つた所以のものは、判示犯行当時、被告人神尾等の斡旋で峠田部落林産組合の組合員が買受けることとした製炭用山林に対する契約保証金一〇万円の支払方法として、右組合員各人において四、五〇〇円宛を出資することとなつたところ各人に金員がなく、被告人神尾は、同人等の意向により、白石林産組合に対して原木資金の融資方を折衝したが、資金がなく応じ難しとして拒絶されたため改めて組合員各人から木炭四〇俵宛を政府に売渡して右保証金を捻出することとした。ところが、右木炭の出荷も思う様にはかどらず、一方保証金支払の期限が切迫したため、ここに被告人神尾は、当時の木炭検査員山田重郎及び同検収員被告人梅津の両名に対し、現に供出されている木炭は組合員永野川義人の三〇俵、同高橋正恵の三〇俵及び同杉本清市の七〇俵の合計一三〇俵だけであるが、組合員が困つている、その余は間もなく組合員をして供出せしめるから、合計七二〇俵の木炭を検査、検収したこととしてその旨の薪炭受入調書を作成して貰い度い旨懇請し、被告人梅津は、右神尾の請託を容れて木炭七二〇俵の受入調書を作成交付するに至つたことを認め得るに過ぎない。しかして斯る事実関係の下においては被告人梅津が被告人神尾の前記受入調書の提示を欺罔手段とした詐欺の所為につき共同犯行の認識を以て之に加担したものとは認められない。(原判決中被告人梅津の虚偽の薪炭受入調書の作成、被告人神尾の同文書の行使が共に罪とならないことについては後段説示の通りである。)即被告人梅津につき被告人神尾の詐欺行為を容易ならしめた点においてその幇助の責任を問うのは格別、之が共同正犯としての責任は問い得ないものと解するを相当とする。果して然らば、右の点を共謀に因る共同正犯と認定した原判決は、証拠に基かずして事実を認定したことに帰し、この点に於て原判決は破棄を免れない。論旨は以上の意味において理由がある。

次に職権を以て審査するに原判決は木炭検収員たる被告人梅津を公務員とし同被告人が木炭検収の仕事上作成した薪炭受入調書を公文書としていることは判文上明かである。しかし、刑法上ある者を公務員というには単にその者の従事する仕事が公務であるばかりでなく、その公務に従事するゆえんが国家又は公共団体の機関としてであることを要することは多言をまたない。そこで被告人梅津が木炭検収員としてこのような条件を備えていたかどうかを検討すると、当裁判所が職権で調査した証人山内清治郎の当公廷における供述及び昭和二七年四月一二日附農林省林野庁長官の「政府薪炭検収員任命に関する件」と題する書面を綜合すると、被告人梅津が従事していた本件木炭の検収は、昭和二三年八月二一日農林省令第七三号薪炭需給調整規則に基く政府買入木炭の検収であつたこと、同被告人がその仕事に従事したのは、昭和二三年五月五日二三林野第五三八六号農林省林野局長官発各木炭事務所長宛通牒に基く同省仙台木炭事務所長の措置によつて採用された木炭検収員としてであつたこと、右林野局長官の通牒は、当時、農林当局としては、政府買入薪炭の検収に従事させるため政府職員たる検収員を置く計画を立てたが、その実施に際し、政府職員の定員数及び予算上の関係からそれが不可能になり、その結果、木炭一俵につき一円、薪一束につき一〇銭の割合の手数料を支払う契約の下に検収の請負制度を実施することに計画を変更し、各本人から請負契約の請書を徴して検収事務に従事させることにし、ただ、生産者等の相手方に対し、政府薪炭の検収をする者であることを表示するため、便宜上、各木炭事務所長から右各本人に「検収員を命ずる」旨の辞令に準ずるものを発給することとし、その旨林野局長官から各木炭事務所長宛に通牒したものであつたこと、而して、爾来各木炭事務所長は右通牒に基き、それぞれその管内において若干名の検収員を置き、前記薪炭需給調整規則施行後は、引続き同規則に基く政府買入薪炭の検収事務を右検収員に行わせていたが、その間国としては右検収員に対し右手数料を支払う外何等の給与を行わないことはもちろん、公務員としての取扱は全くしていなかつたものであること等がそれぞれ明かである。以上によれば、前記林野局長官の通牒に基いて置かれた木炭検収員は、その行う仕事は国の公務であつたが、その国との関係は単に民法上の請負人と注文者との関係に止まるものであつて、国とその職員という関係ではなく、従つて、検収員が検収の仕事に従事するのは単なる請負人としてであつて、国の機関としてではなかつたものであることが明かである。そうだとすれば被告人梅津は公務員ではなかつたのであり、従つて、同人が木炭検収員としての仕事上作成すべき文書であつた薪炭受入調書は公文書ではなかつたものといわざるを得ず、原判決が之を公務員とし、公文書としたことは、この点に関する法令の解釈を誤つたか又は事実を誤認したものであつて、しかもその誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において更に判決するに

(事実)

被告人神尾は昭和二〇年から同二四年一〇月頃までの間、宮城県刈田郡刈田地方薪炭林産組合の刈田郡七ケ宿村峠田部落木炭取扱人として、同部落の木炭生産者のため、木炭の供出(政府への売渡)に関する事務を代理して処理していたもの、被告人梅津は昭和二三年一〇月頃から同二四年六月頃まで、農林省仙台木炭事務所宮城県刈田郡七ケ宿村駐在の木炭検収員として政府から請負つて、同村において、政府が生産者から買入れる木炭につき、品種、等級、数量等を確認するいわゆる検収の手続を行つた上、その代金額をも算定し薪炭受入調書を作成して売渡人に交付する仕事に従事していたものであるが、

第一被告人神尾は昭和二四年三月二〇日頃、前記七ケ宿村峠田薪炭林産組合所属の組合員において買受けた製炭用山林の契約保証金の捻出に窮した結果、神尾豊光外二一名の右組合員が、政府に売渡すべく供出した木炭は一三〇俵に過ぎなかつたのに拘らず、七二〇俵の供出があり所定の売渡手続を了した旨虚偽の記載をした薪炭受入調書の発行を受け、之を使用して金員を騙取しようと企て、当時前記の仕事に従事していた被告人梅津に対し、右のような虚偽の薪炭受入調書の発行方を懇請し因て同人からその頃農林省仙台木炭事務所長宛薪炭受入調書用紙の所定欄に昭和二四年三月二〇日橋本豊光(神尾豊光と同一人と認む)外二一名から木炭七二〇俵が政府に売渡され所定の検収を了した旨虚偽の事実を記載し、これに検収員としての同人の記名印及び印章を押捺した内容虚偽の薪炭受入調書一通(証第一号)の交付を受け、同月二二日頃、当時政府買上げの木炭代金につき薪炭受入調書と引換えに之が立替払をしていた宮城県刈田郡白石町所在刈田地方薪炭林産組合に赴き、同組合係員に対し、右虚偽の薪炭受入調書をその内容が真実のものの如く装うて提出し、因て同係員をしてその旨誤信せしめ、即時同所で右受入調書と引換えに同調書記載の木炭代金合計九八、二六〇円の支払を受けてこれを騙取し、

第二被告人梅津は前記の如く神尾豊光外二一名から真実政府に売渡された木炭は合計一三〇俵に過ぎないこと、及び被告人神尾は前掲虚偽の薪炭受入調書をその内容が真実であるものの如く装うて提出行使し、以て金員を騙取するものなるの情を知りながら前記の如く被告人神尾の懇請を容れてこれを作成交付し因て同人の前記犯行を容易ならしめてこれを幇助し、たものである。

(証拠の標目)

右の事実は

一、原審第一回及び同第三回各公判調書中の被告人等の供述記載

一、被告人神尾の検察官に対する第一、二回各供述調書

一、被告人梅津の検察官に対する供述調書

一、当審に於ける受命裁判官の証人山崎忠蔵、同宇野時信に対する各尋問調書

一、当審公判廷に於ける証人山内清治郎の供述

一、昭和二七年四月一二日附林野庁長官の仙台高等裁判所第一刑事部長宛「政府薪炭検収員任命に関する件」と題する書面

一、押収に係る薪炭受入調書一通(証第一号)明細書三通(証第二号の一乃至三)及び受領証一通(証第三号)

を綜合して之を認定する。

(法令の適用)

法律に照すに、被告人神尾の判示所為は刑法第二四六条第一項に被告人梅津の判示所為は同法第二四六条第一項第六二条第一項に各該当するところ、被告人梅津については従犯であるから、同法第六三条第六八条第三号を適用して法律上の減軽をした上夫々の刑期範囲内で被告人神尾を懲役八月に、同梅津を懲役四月に各処し、但し諸般の情状に鑑み被告人両名に対し刑法第二五条を適用して本裁判確定の日から、被告人神尾に対しては二年間、同梅津に対しては一年間夫々右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項第一八二条によりその全部(一、二審共)を被告人両名の連帯負担とする。

なお、本件公訴事実中被告人両名は共謀の上行使の目的を以て判示三月二〇日頃刈田郡七ケ宿村湯ノ原で判示七二〇俵の薪炭受入調書を作成し之を判示の如く行使して以て有印虚偽公文書を作成行使したものであるとの点は前段当裁判所の職権調査の項において説示した通り、被告人梅津は公務員でなく、従つて同人の作成すべき薪炭受入調書も私文書であつて公文書でなく、しかもその作成名義を偽つていないのであるから私文書偽造罪にもならないのであるが、判示詐欺の所為と牽連犯として起訴されたことが明かであるから、特にこの点につき主文で無罪を言渡さない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 高橋雄一 裁判官 佐々木次雄)

弁護人横山敬教の控訴趣意

第一事実の相違点 原判決はその理由(事実)の項中後段において左の通り事実の認定をして居る。被告人梅津丈夫が前記七ケ宿村峠田薪炭林産組合より農林省仙台木炭事務所長宛の薪炭受入調書を作成提出するにあたり、被告人神尾彌一郎と共謀のうえ、昭和二十四年三月廿日頃同県刈田郡七ケ宿村大字湯原字湯原四番地の自宅で被告人梅津丈夫において行使の目的を以て被告人神尾彌一郎は木炭生産者神尾豊光外二十一名の代表者として政府に売渡した木炭が合計百四十俵であつたにも拘らず七百二十俵を売渡し被告人梅津丈夫がこれを検収したように虚偽の事実を記載しこれに検収員としての同被告人の署名並びに捺印をなしその職務に関し虚偽の薪炭受入調書一通(証第一号)を作成したうえ、被告人神尾彌一郎において同月廿二日これを刈田地区林産協同組合において経理係山崎忠蔵に対しその内容真正のものゝように装つて提出行使し因つて同人をしてその旨誤信せしめ同所に於て右受入調書記載合計金額九万八千二百六十円の支払を受けてこれを騙取したものである。然し乍ら右認定の事実中左の諸点は事実と相違する。(一)被告人梅津丈夫と被告人神尾彌一郎との間に本件被告事件につき共謀した事実は全く無い。(二)被告人梅津丈夫が昭和二十四年三月廿日頃木炭生産者神尾豊光外二十一名から政府に売渡すべき木炭七百二十俵の検収をなし同日頃その自宅においてその旨を記載した薪炭受入調書一通(証第一号)を作成し署名捺印の上これを被告人神尾彌一郎に交付したことは事実であるが当時木炭生産者から政府に売渡した木炭が合計百四十俵に過ぎなかつたというのは事実に反する。右は現実に七百二十俵の木炭が存在したのであり少くとも被告人梅津丈夫が右の木炭を検収するに際しては現実に七百二十俵の木炭が存在したものと信じた為その旨を有りの侭に薪炭受入調書に記載したまでで毫も意識的に虚偽の事実を記載して虚偽の薪炭受入調書を作成したのではない。(三)被告人神尾彌一郎が同月二十二日右薪炭受入調書を刈田地区林産協同組合において経理係山崎忠蔵に提出し同所において右受入調書記載の金額の支払を受けたことは事実であるが前記(二)の通り当時政府に売渡す木炭が事実七百二十俵であつたのだからその旨を記載した右薪炭受入調書に基いて代金の支払を受けたのは木炭取扱人である神尾被告人の職務上当然の所為であつて毫もその内容真正なものゝように装つて提出行使し因つて同人をして誤信せしめて木炭代金を騙取したものではない。(四)尚右受入調書記載の金額九万八千二百六十円は七百二十俵の木炭代金の全額であるから仮に事実が原判決認定の通りであつたとしても騙取金額は七百二十俵と百四十俵との差数五百八十俵分の木炭代金でなければならないのに拘らず原判決は右全額を騙取の金額として居る。(五)被告人梅津は薪炭受入調書を作成してこれを被告人神尾に交付した丈で爾後の行為には全然関与して居ないのであるから詐欺事実はあり得ない。

第二証拠関係 原判決が認定したような事実を立証する為には少くとも、(一)昭和二十四年三月廿日頃峠田部落の木炭生産者が政府に売渡すものとして検査及検収を受けた木炭は百四十俵丈しか実在せず七百二十俵というのは全く架空の数字であつた事実。(二)右の事実を被告人両名共よく承知して居り互に意思を連絡して居つた事実。(三)被告人両名が共謀の上虚偽の薪炭受入調書を作成した事実。(四)被告人神尾が右薪炭受入調書により木炭代金を受領したのは被告人両名の共謀によつた事実。等々を具体的の証拠によつて証明しなければならないのであるが原判決の証拠説明の項に記載された証拠によつて何等右の事実を明かにするに足らないのである。一例を挙げれば当時政府に売渡す木炭が確かに百四十俵あつた事実は証明されて居つても百四十俵丈しか木炭が実在せずそれ以外に木炭がなかつたことは何等証明されて居らない。寧ろ原審で取調べた証拠によれば当時右百四十俵の外倉庫の入口及内部に多数の未検査木炭が積み重ねられてあつた事実を立証されるのである。而も被告人両名就中梅津被告人において百四十俵の木炭丈しか現在しないことをよく承知して居つたに拘らず被告人神尾の請託を容れ相通謀して虚偽の薪炭受入調書を作成したと認めるに足る証拠はない。

以下順次これ等の点を明かにしよう。(1)  被告人両名の当公廷における各供述 被告人両名は何れも原審公判廷において終始犯罪事実を否認し続けて居るので昭和二十五年十一月十六日第一回公判調書記載被告人両名の冒頭陳述を始め昭和二十六年三月十三日第三回公判調書記載の各供述等何等犯罪事実の証明とならないことは明白であるばかりでなく却つてこれ等の供述によつて被告人両名に刑事責任のないことを証拠立てゝ居るのである。(2)  検察官作成の被告人神尾彌一郎の第一、二回供述調書 成程右供述調書の記載によれば被告人神尾は本件犯行を自白して居るように見えそして右の自白が被告人等に不利なる唯一の証拠となつて居る如くである。然し右の記載には到底信を置くことが出来ない。何となれば右調書は昭和二十五年八月菊地検事により作成されたものであるが当時同検事は部下検察事務官三名外に地元白石地区警察署の司法警察員多数を引率して現場に臨み大に勢威を示し前後三日間に亘り地元民関係者数十名につき何れもこれを被疑者として取調を為したもので其の間取調を受けた側においては非常な衝戟を与えられ恐怖心のため心気が動揺して居つたので或は事実関係につき錯覚を抱いたり、或は一刻も早く取調を免れたいとの一念から心にもなく事実を枉げ取調官の意を迎えてその言うが侭に答えたり、或は司法警察員の取調(本件検察官一行の取調の先行捜査として地元白石地区警察署の司法警察員から本件部落における木炭の横流し、闇取引、空供出等の被疑事件につき本件の両被告人の外原審の証人となつた多数の木炭生産者が取調を受けたのであるが其の取調に当つては取調員から威迫や誘導尋問や自白強要等が相当に行われた。)の際答えたことゝ違う答をすると非常に追及されるのでついその侭にしてしまつたというのが実際の実情であつたのであり本件神尾被告人の自白調書も全くその一例に属するものであるからである。この点に関し神尾被告人は昭和二十六年三月十三日の第三回公判調書中に弁護人の尋問に対し次のように供述して居る。問 被告人は検察庁の取調を受けた際相被告人と山田に対し実際七百二十俵の木炭がないのにあるようにしたからよろしく頼みますというようなことを言うたと述べて居るがどうか。答 そのようなことをお願したり頼んだことはありません。問 それではどういう訳で依頼したように述べたのか。答 湯の原駐在所において三日間も取調べられたため問われる侭に答えたのでそうなつて居るのです。実際はそうでないのであります。これによつて右検察官作成の調書が神尾被告人の任意且つ真実の自白でなかつたことが窺われるばかりでなく原審における証人山田重郎(木炭検査員として本件両被告人と共に前記七百二十俵の検査に当つた人)の宣誓証言及梅津被告人の原審公判廷における供述等を照合すれば神尾被告人が山田検査員及梅津被告人に対し何等の請託等を為さなかつたことは明白である。而かも右検察官作成の調書中被告人神尾の第一回の供述調書と第二回のそれとを仔細に検討すればその間甚しき矛盾のあることに気付くのである。即ち第一回の調書では神尾被告人が前記山田や梅津被告人に対し実際の数量が百四十俵しかなく残りは直ぐ後で出させると言つたように供述して居るのに第二回調書では百四十俵以外は倉庫の中にあるからと云つて検査及検収の手続を済まして貰つたように供述して居る。右第二回の供述によれば山田や梅津は神尾の言によつて未検査の木炭が倉庫の中に実在するものと信じたことを推認することが出来るし少くとも梅津被告人と神尾被告人との間に通謀の事実はなく又最悪の場合と雖或は神尾被告人が山田及梅津の両人を欺いたのではないかという疑問を生ずる丈に過ぎないものと云わなくてはならない。要するに右検察官作成に係る神尾被告人の供述調書は何等信を置き難いばかりでなく仮に右の調書が証拠として採用されるとしてもこれは被告に不利なる唯一の証拠であるからこれを以て有罪の判決をすることは違憲又は違法である。(3)  検察官作成の被告人梅津丈夫の供述調書 本供述調書も前記神尾被告人の供述調書が作成されたのと同一事情の下に作成されたものであるからその侭これを措信することは困難である。昭和二十六年三月十三日の第三回公判調書の記載によればこの点に関し梅津被告人は弁護人の尋問に対し次のように述べて居る。問 それでは検察庁の取調を受けた際どう述べましたか。答 警察の取調を受けた際係りの人に生産者が一俵も持つて行かないのに検収員が検収することが出来るかと尋ねられたので錯覚を起こし尋ねられる侭答えたので検察庁の取調を受けたときも同様に述べました。尚右の供述調書の記載内容中本件の事案に直接関係あるのはその第五項及第六項であるがこれを仔細に見れば山田木炭検査員及梅津被告人は神尾被告人から高橋正恵の三十俵、杉本清市の七十俵、永野川義人の三十俵外に誰のものか判らないが約四十俵位と倉庫の中に四百三十俵位が重ねてあるのを指して見せられ(その合計数は約七百俵位になる。)且つ個人別明細書(七百二十俵分の)を渡されたのでこれに基き梅津被告人が七百二十俵の薪炭受入調書を作成して神尾被告人に手交したことが窺われるのである。尤も右記載中に「私が見た処七百二十俵はどうしてもない様に思われましたが何うせ後で足りない分は神尾の方で生産者に話して補填して置くものと思つたので木炭の数を確認しないで薪炭受入調書を作成した」旨を述べて居るがこれとても何等梅津被告人の悪意を証拠立てるものではない。既に述べたように神尾被告人から約七百俵の木炭を指し示された上供出の個人別明細書まで渡されて居り且つ一緒に同行した山田木炭検査員も七百二十俵の検査を済ましその旨を宣言して居る以上梅津被告人において一々木炭の数を数えて確認しなくても若し多少の不足数があつた場合は後で生産者等が補填して置くものと信じて薪炭受入調書を作成したのであつて別に故意に虚偽の薪炭受入調書を作成したものでないことは何人にも肯ける所であろう。元来本件現場のような交通の極めて不便な奥地において民度の低い製炭者等を対象として実際に木炭の検査や検収を行うに当つては検査検収の規則や通牒の運用についても或程度の余裕を必要とすることは云うまでもない所であり従来と雖も少量の不足分は爾後の補填を条件として検査や検収を済ますことは往々あつたことである。規則の上では一俵一俵数えることになつて居り又検査員は検査を済ました木炭に自ら検査票箋を附けることになつて居つても実際上はそのように行われて居らなかつたことは前記山田証人の証言や梅津被告人の昭和二十六年三月十三日第三回公判調書の供述記載からも明かである。これ等の事柄は従来規則の運用又は取扱の範囲内の問題として格別問題とされることもなかつたのである。唯これが行過ぎるような場合には検査員や検収員の職務怠慢の問題を惹起することはあり得ても単にこれ丈では犯罪行為として刑事上の責任を問われることはないものと思われる。(4)  押収してある薪炭受入調書一通、明細書三通、受領証一通の存在、検察事務官作成の山崎忠蔵の供述調書 右は何れも被告人において争わない所であるが右によつては何等本件犯罪を証拠立てることにならないことは余りにも明白である。

第三原判決において本件犯罪事実を認定するため採用した証拠は以上に尽きるのでありこれに対する卑見も大要右に説明した通りであるが原審公判において取調べた総ての証拠を検討すると上述した事実の外尚次の様な事実が判明するのである。(一) 木炭の検査及検収に当つては所謂二重検査即ち既に一度検査及検収を受けた木炭について再度新規の木炭として検査及検収を受けることが生産者に悪意があり検査員及検収員を誤ま化そうとするときは容易に出来る状態に在り検査員も検収員もこれを看破する何等の手段を有しないこと従つて本件の場合においても山田検査員も梅津被告人も倉庫の中の未検査木炭を指示してこれが検査及検収を受ける木炭であると言われゝばこれを信用して検査及検収を済ますことは普通のやり方であること(山田証人及高野証人の証言等)(二) 昭和二十四年五月頃から行われた在庫調査によつて判明した峠田部落の供出木炭につき生じた多量の不足分は本件検査及検収の際の空供出の結果ではなく一旦検査及検収を了した木炭を各生産者が保管中勝手に自家消費に充てたり他へ横流ししたり就中農業会の解散に伴う清算に当つて既に一旦薪炭林産組合に供出して検査及検収を受けた木炭を一時農業会の方の穴埋めに流用しその後政府の木炭買上げが中止となつたため林産組合の方の精算が未だ出来なかつた為等により長い期間のものが堆積した結果であること(証人高野時信の証言神尾被告の公判廷における供述及原審で証人として取調べた木炭生産者等の各証言)(三) 本件は始め捜査当局において峠田部落の木炭生産者の間に木炭についての横流し、闇取引、空供出等の違反事件があるとの見込で捜査をして居る中偶々神尾被告人を代表とする神尾豊光外二十一名の木炭生産者が昭和二十三年暮頃製炭原木用として岩手県の工藤仁太郎から買つた山の代金を昭和二十四年三月下旬に支払つて居る事実を探知しその金の出所につき不審を抱いた結果丁度その頃検査及検収の行われた七百二十俵の木炭に目を附けその代金も約十万円で略ぼ右の山代金に相当する関係上極力関係者を追及し結局右七百二十俵の木炭の中百俵丈が現実に存在したが残り六百二十俵は空供出であり其の間神尾被告人が山田検査員や梅津検収員を抱き込み虚偽の薪炭受入調書を作成せしめこれにより右山代金に充てるべき金額を捻出したものであろうとの想定の下に本件起訴を見るに至つたのであるが当時木炭生産者が山代金として工藤に支払うことを要した金額は七万円(十万円の山代金の内三万円はこれより前既に契約当時手附金として支払つてあつたから残額は七万円であつた。)に過ぎなかつたのであり而してこれに充てるべき金額としては本件七百二十俵の検査及検収の前に検査及検収を受けた供出木炭の代金が約四万円(正確には証第三号の総金額から本件七百二十俵分の代金九万八千二百六十円を差引いた金額)ありこれは何時でも受取り得る状態に在つたし更に本件七百二十俵の供出においても少くとも百四十俵丈は確実に現品が存在したのであるからその代金を約二万円と見積れば彼是れ六万円前後の確実な見当てがあつたことになり不足額は僅に一万円程度に過ぎなかつた。従つて仮りに山代金捻出の為生産者等が窮余の策として所謂空供出の必要に迫られたとしても原判決認定のように約六百俵に及び大量の空供出をする必要は毫もなかつた筈でありこの点からしても検察当局の想定は的外れと認められること。

要するに原判決は以上何れの点から見るも失当であるからこれを破棄し改めて被告人両名に対し無罪の判決を与えられるよう切望する。

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